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民間軍事会社

ローデシア崩壊後、高度な戦闘技術を持った、復員ローデシア兵たちは南アフリカへ移住し、南アフリカ軍兵士となる。しかし、南アフリカのアパルトヘイト体制も崩壊し、アパルトヘイト体制を守るために戦った兵士たちは、生き残りを賭けて、民間軍事会社(Private Military Company)エグゼクティブ・アウトカムズ(Executive Outcomes)を作る。

エグゼクティブ・アウトカムズ社

エグゼクティブ・アウトカムズ社(Executive Outcomes, 略称EO)は、1989年、元南アフリカ国防軍中佐イーベン・バーロウ(Eeben Barlow)により、世界初の民間軍事会社(Private Military Company, 略称PMC)として南アフリカで設立され、後に、南アフリカに拠点を置く持ち株会社ストラテジック・リソース社の傘下に入った。

イーベン・バウロウは、元々、ローデシア軍の特殊部隊「セルース・スカウツ」の隊員で、南アフリカ亡命後は少佐として南アフリカ国防軍に迎えられた。そして、南アフリカ国防軍第32大隊(32 Battalion)『バッファロー』の元副司令官になり、後に南アフリカ市民協力局の職員となった人物である。

バーロウが在籍した32大隊は、南アフリカ国防軍の最精鋭部隊で「恐るべき奴ら」と呼ばれた、殺傷率の高い部隊だった。また、市民協力局(Civil Cooperation Bureau)は穏健な名前とはことなり、脅迫や暗殺、諜報を行う組織だった。

イーベン・バウロウ

イーベン・バーロウ以外に、エグゼクティブ・アウトカム社の重職にあったのは、ラフラス・ルッティンとニック・ヴァンデルバーグだった。

エグゼクティブ・アウトカムズ社は国家にのみ、軍人とその訓練、兵站支援を提供していた。

しかし彼らは、破綻国家や紛争下にある地域の天然資源を支配しようとする企業に軍事力を提供しているとして、しばしば非難された。紛争のある地域の企業を援助した事についてエグゼクティブ・アウトカムズ社は、主催国政府の許可を得ていたと主張している。

社是

エグゼクティブ・アウトカムズ社の社是は、以下の通りである。

「正規国家への高度な専門技術と部外秘軍事顧問提供。適切な軍事および戦略的アドバイスの提供。海、空、陸の戦争局面で、国軍に、現時点でもっとも専門的な総合軍事訓練を提供する。国軍に、武器とその土台選択についてのアドバイスを提供する。守秘義務、プロ意識、専心に基づく完全に非政治的な業務の提供。」

背景

エグゼクティブ・アウトカムズ社の集合写真

1989年、アンゴラとナミビアでの南アフリカ国境戦争の終結を受け、南アメリカのアパルトヘイト体制は崩壊し始め、南アメリカ国防軍は、大幅な人事削減を考慮していた。

アフリカ民族会議(The African National Congress, 略称ANC)のリーダー、ネルソン・マンデラは当時の南アフリカ大統領フレデリック・ウィレム・デクラークに対し、32大隊、南西アフリカ警察対不正規戦部隊(SWAPOL-TIN, 通称KOEVOET)および陸軍特殊部隊レキース(South African Special Forces Brigade, 通称RECCE)といった、南アフリカと南西アフリカ特殊部隊の解散を要求した。

その一つに、政府反対派の暗殺を含めた秘密工作を行い、海外にトンネル会社を設立し、国連アパルトヘイト制裁の回避に努めた部隊、市民協力局(Civil Cooperation Bureau)があった。

KOEVOETだけが(南西アフリカ警察(SWAPOL)の一部だったため)南西アフリカ(現ナミビア)の独立交渉の一部として解体された。その他の部隊員の多く、または、以前徴兵されていた者は、エグゼクティブ・アウトカムズ社に採用された。

設立

以前、市民協力局の西部ヨーロッパ地区を総括していた、イーベン・バーロウが、1989年エグゼクティブ・アウトカムズ社を設立した。特殊部隊のメンバーに特別機密訓練をする事を目的としていた。バーロウは、違法ダイヤモンドを取り扱うシンジケートに侵入して、入り込む警備員の選抜グループを訓練する契約をDebswana(デビアス・グループの中核企業)からも受けたが、エグゼクティブ・アウトカムズ社が、アンゴラ共和国軍(FAA)も訓練している事を知ったDebswanaは、即刻エグゼクティブ・アウトカムズ社との契約を破棄した。

バーロウの特殊部隊の生徒だった者の多くは、後にアンゴラ共和国軍の訓練を援助するための人材を彼が雇い始めると、エグゼクティブ・アウトカムズ社に加わったと、アンゴラ共和国軍でのイーベンの同僚の一人だったウォルター・ハリッキーは述べている。

また、EO社はデクラーク大統領が解散させた部隊からの採用も多く行った。短期間で、EOは、意のままになる500人の軍事顧問および3000人の高度な訓練を受けた軍人を誇るまでになった。

志願してくる外国人兵士も多かったが、エグゼクティブ・アウトカムズ社は南アフリカ国防軍、南西アフリカ警察対不正規戦部隊、またはアフリカ民族会議(ANC)の武装組織である民族の槍(Umkhonto we Sizwe)に勤務した兵士のみを採用した。

バーロウは、南アフリカ中央銀行(South Africa Reserve Bank)の主張で、Executive Outcome Ltd.をイギリスで登記した。

特徴

エグゼクティブ・アウトカムズ社の集合写真

エグゼクティブ・アウトカムズの社員は、32大隊を主力とし、その他に陸軍特殊部隊レキース(South African Special Forces Brigade, 通称RECCE)、南西アフリカ警察対不正規戦部隊(SWAPOL-TIN, 通称KOEVOET)、アフリカ民族会議(The African National Congress)の武装組織である民族の槍(Umkhonto we Sizwe)の元兵士によって構成されており、元特殊部隊出身の将校・下士官によって指揮されていた。

将校は白人で占められていたが、全従業員の70%が黒人だった。また、エグゼクティブ・アウトカムズの待遇は非常に良好で、報酬は南アフリカ国防軍兵士の5倍で、生命保険と医療保護を標準待遇としていた。

エグゼクティブ・アウトカムズは依頼を受けてから短時間であっても、1500名ほどの兵士を、指定された地域に配属可能としていた。また、エグゼクティブ・アウトカムズの指揮官と兵士達は、元は南アフリカ特殊作戦の主力であったため、指揮系統は確立されていた。

エグゼクティブ・アウトカムズは、アンゴラ、シエラレオネなどで、圧倒的な戦闘力で反政府軍を鎮圧し、両国の政府軍を再訓練した。このことにより、エグゼクティブ・アウトカムズ社は、民間軍事会社が国を救うことすら可能であることを示したのだった。

この、エグゼクティブ・アウトカムズ社の功績は、軍隊を貸し出すという産業が、実際に有効に機能し、莫大な儲けを産み出すということを世界に示したことだ。

活動

エグゼクティブ・アウトカムズ社は国家にのみ、軍人とその訓練、兵站支援を提供していた。つまり、エグゼクティブ・アウトカムズと契約を結んだ顧客とは、国内に武装した反政府勢力が存在するため、対不正規戦の技術を必要する国家や、そうした政情が不安定な地域に利権や生産拠点を持つ国際企業だった。

しかし、彼らは、破綻国家や紛争下にある地域の天然資源を支配しようとする企業に軍事力を提供しているとして、しばしば非難された。紛争のある地域の企業を援助した事についてエグゼクティブ・アウトカムズ社は、主催国政府の許可を得ていたと主張している。

エグゼクティブ・アウトカムズ社は、アンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)が1992年の選挙結果の受容拒否したのを受け、先ずアンゴラ政府がUNITAに対抗するための訓練をし、後には戦闘を代行した。この契約は、港町であるソヨでレンジャーオイル社の機材回収作戦を援助したことで、エグゼクティブ・アウトカムズ社に賞与された。

南アフリカのメディアに反政府勢力の指導者ジョナス・サビンビ博士暗殺未遂者と呼ばれ、エグゼクティブ・アウトカムズ社は、UNITAの絶え間ない攻撃に晒され、3人の兵士を失う事となった。これによりエグゼクティブ・アウトカムズ社は認識されていると理解され、FAA(アンゴラ共和国軍)の軍隊訓練の契約を正式に受けた。短期間の内に、UNITAは戦場で敗北し、講和を求められた。

アンゴラ政府は、国連と米国からの圧力でエグゼクティブ・アウトカムズ社との契約を解消させられた。エグゼクティブ・アウトカムズ社の代わりには、UNAVEM(国際連合アンゴラ検証団)として知られる国連平和維持軍が据えられ、アンゴラは、そのあとすぐに戦争へと戻った。

1995年3月、エグゼクティブ・アウトカムズ社はシエラレオネで革命統一戦線(RUF)と呼ばれるゲリラの暴動を制圧、ダイヤモンド鉱山を奪還し、平和交渉を強要した。両ケースとも、扇動勢力から両国の正規国家を救助するという功績を得た。アンゴラの場合では、これが停戦とルサカ・プロトコルへとつながり、例え数年だけとは言え、アンゴラ市民戦争を終結させた。

最初に出来た民間軍事会社の1つとしての性質でもあるが、エグゼクティブ・アウトカムズ社はアンゴラとシエラレオネで直接軍事に関わった。シエラレオネやアンゴラの劣った国軍に対し、すべての面で高度に訓練された陸軍の軍事供給をする能力は特筆すべきである。たとえば、シエラレオネで、エグゼクティブ・アウトカム社はプロの兵士だけでなく、ハインドとMi-8ヒップ・ヘリコプター2台、BMP-2歩兵戦闘車といった、装甲や補助航空機を出動させた。ボーイング707を使い、戦闘エリアから負傷者を空輸する負傷兵救護(medvac)能力さえ持ち合わせていた。これらは、アフリカ内や、東ヨーロッパでの世界規模武器貿易から入手していた。

エグゼクティブ・アウトカム社は、デビアス、シェブロン、JFPIコーポレーション、リオ・ティント-ジンク(RTZ)、テキサコといった多国籍企業と契約を交わしていた。またアンゴラ、シエラレオネ、インドネシアの政府も顧客であった。

装備

エグゼクティブ・アウトカムズ社のBMP-2

エグゼクティブ・アウトカムズ社を始めとする、民間軍事会社の多くは、旧東側諸国の兵器を好んで使用している。なぜならば、旧東側諸国の兵器は、冷戦時代の生産過剰により、小銃から戦車・航空機までもが非常に安い値段で取引されているため、民間軍事会社のコスト削減に繋がるからだ。

例えば、エグゼクティブ・アウトカムズ社の社員が使用した小火器は、AK47、PKM機関銃、マカロフ拳銃、RPG-7、60mm迫撃砲、82mm迫撃砲、AGS-17自動擲弾銃などである。

また、戦闘車両も、旧ソ連製のBMP-2歩兵戦闘車と、BTR-60装甲輸送車を使用していた。

エグゼクティブ・アウトカムズ社のMi-24

エグゼクティブ・アウトカムズは、同社の私設空軍と呼ばれていたアイビス・エア社が運用した航空機により航空支援を受けていた。

アイビス・エア社が運用した航空機には、Mi-24、Mi-17、Mi-8などのヘリコプターから、Mig-27、Mig-23、Su-25などの戦闘機、果ては負傷者を搬送するためのボーイング707ジェット旅客機まで存在していた。

エグゼクティブ・アウトカムズ社の装備

一般的に、民間軍事会社の社員には自由な服装が許されてはいるが、服装について一つだけ禁止事項がある。それは、正規軍兵士と間違えられそうな、迷彩服のような服を絶対に着てはならない、というものである。なぜなら、軍人と見分けが付かない服装をしていた場合、ジュネーブ条約の「非戦闘員」として保護される権利を失うからだ。

しかし、エグゼクティブ・アウトカムズの兵士達は、南アフリカ軍時代に使用した迷彩服を着用していた。だが、彼らが着用していた迷彩服は、多種多様であり特定の物が無い。これは、南アフリカ軍は越境作戦時に、敵に身元を悟られないよう隣国や関連国の迷彩服をコピーしたものを生産し、特殊部隊に支給していたためだった。

また、エグゼクティブ・アウトカムズの兵士達が使用していた個人装備は、レキースや32大隊が使用していた装備だった。例えば、南アフリカ特殊部隊装備デザイン研究所の「NIEMOLLER」や、レキースコマンドや32大隊が越境作戦時に使用した各種装備、南アフリカ軍P83ベストなども見ることが出来る。

解散

南アメリカや国際企業の中には、エグゼクティブ・アウトカム社の名を騙り、エグゼクティブ・アウトカムズ社になり済まして仕事を受注しようとする会社もあったため、エグゼクティブ・アウトカムズ社は、南アフリカ政府に民間軍事会社の規制を実施するよう積極的に勧めた。

さらに、エグゼクティブ・アウトカムズ社は、1998年に南アフリカで施行された「外国軍事援助規制法」として知られる法令を制定する際の情報提供を積極的に行っていた。

法令の目的は、以下の二重作用により、傭兵活動を止める事にあった

  1. 訓練や雇用、傭兵を含め、個人の利益のために武力紛争へ兵士として直接参加できないようにする、そして、
  2. 海外への軍事援助提供には、国家正規軍管理委員会の承認を必要とする。

そして、エグゼクティブ・アウトカムズ社は、新しく施行された条項の要件を満たしている事を保証する認可を正式に受けた。 そして、南アフリカ政府による「非合法企業認定」を受けて、1998年12月31日に解散することとなった。

エグゼクティブ・アウトカムズの元社員の多くは、他の民間軍事会社や、ライフガード、サンドライン、サラセンといった民間保安会社へと職を求めた。メディアの様々な疑惑にも関わらず、こうした会社がエグゼクティブ・アウトカムズの再編であると証明される事はなかった。

サンドライン・インターナショナル

エグゼクティブ・アウトカムズは英国の民間軍事会社サンドライン・インターナショナルとの関連を暗に指摘される事があったが、1997年にパプア・ニューギニアのブーゲンヴィル島でパンガ鉱山を占拠した反乱軍の追放作戦の為に、サンドラインがエグゼクティブ・アウトカムズと直接の下請け契約を交わした際、政府が傭兵を雇うつもりがあると言うニュースがオーストラリアのマスコミに漏れた事で、所謂「サンドライン事件」へと発展した。

話を知らなかった、パプア・ニューギニア国防軍司令官のジェリー・シンギロックは、すべての傭兵を到着次第拘留するよう命じ、首相のジュリアス・チャン卿に強制した為、パプア・ニューギニアで危うく軍事クーデターが起きるところだった。

民間軍事会社とは何か?

イラクでのPMCの集合写真

民間軍事会社とは、国家の軍事業務を代行する請負会社のことを指す。冷戦終結により、各国は軍縮を始め、軍務の外注化を進めた。それによって、民間軍事会社は、市場規模1000億ドルを上るほど、大きく成長した。

民間軍事会社の代行する軍事業務は、戦場での戦闘から、部隊の訓練、戦略の立案、補給物資や部隊の輸送、など非常に多岐に渡る。

民間軍事会社は、その扱う業務によって、軍事役務提供企業、軍事コンサルタント企業、軍事支援企業、の三つに別けることが出来る。

軍事役務提供企業は、戦場で依頼主の部隊を指揮したり、戦場で実際の戦闘に携わる業務を提供し、軍事コンサルタント企業は依頼主の軍隊に対して、作戦や編制に必要な訓練や助言を与える業務を提供している。そして、軍事支援企業が提供する業務は、兵站、情報収集、技術支援、補給、輸送、殺傷行為を含まない支援行動(地雷除去など)を提供している。

民間軍事会社と傭兵の違い

傭兵と民間軍事会社は、軍事サービスを提供する点では、大変似通った存在であるが、傭兵と民間軍事会社の間には、根本的な違いがある。それは、民間軍事会社が法人企業であることだ。

また、民間軍事会社は合法な存在であるため、顧客も多国籍企業、政府、国際組織、非政府組織など、多岐に渡るが、非合法である傭兵を雇う顧客は非常に限られている。

民間軍事会社の信頼性

傭兵は個人単位で活動するため、個人的利益を優先する。また、傭兵は違法であるため、雇用主に対して法的にも契約的にも一切縛られない。そのため、傭兵が雇用主との傭兵契約を、一方的に破棄しても法的に訴追される事はない。

一方、民間軍事会社の社員は民間軍事会社との雇用契約により、個人の利益よりも、民間軍事会社の事業利益を優先する義務を負うこととなる。そして、民間軍事会社は法的かつ公的な存在であるため、雇用主との間に契約による義務を負う。そのため、雇用主は民間軍事会社を、傭兵よりも信用することが出来る。

たとえば、ヴィネル社は、東西冷戦時代から「米国政府の代理人」として米国が表立って行動できない業務を引き受けて「CIAのフロント企業」とまで言われている。米国政府のヴィネル社に対する信頼は大変大きいものと言えるだろう。

もちろん、民間軍事会社が、自社が得られる事業利益にリスクが見合わないと判断して、一方的に契約を打ち切る可能性も十分に考えられる。実際に、グルカ・セキュリティー・グループは、1995年にシエラレオネにおいて、指揮官ボブ・マッケンジー(元ローデシアSAS隊員)を失い、シエラレオネ政府との契約を一方的に破棄している。

このような、民間軍事会社による契約破棄や契約不履行は、物理的な危険に対するものだけではなく、民間軍事会社と雇用主の間の金銭問題でも発生している。例えば、2000年7月にはカナダ軍と徴用輸送船GTSケイティーの間で、金銭をめぐるトラブルが発生したため、船は全カナダ軍装備の3分の1を積んだまま、2週間に渡って配送を拒否した。その間、船に積まれたカナダ軍の装備は使用することが出来なかったのだ。

このように、民間軍事会社と契約する上での最大の問題点は、民間軍事会社が契約を破棄したり履行しなかったとしても、依頼主は、民間軍事会社とその従業員に対して、契約の履行を強制することが法的に不可能であることだ。

人材の募集方法と人材の質

傭兵は国際的に禁止されているため、その募集方法は間接的にならざるを得ない。具体的には、第5コマンドの指揮官マイク・ホアーは新聞で「月給100ポンドの一風変わった仕事を探している方は電話を下さい」と募集していた。その結果として雇用側は、応募者に対して兵士としての高い専門性を求めることが難しい。

マイク・ホアーによると、この募集方法で集まる人材の大部分は「くず」で、一般社会では他の仕事に就くことの難しい者たちだったそうである。そのため、1965年の傭兵募集では応募者15.000名のうち、第5コマンドが採用したのは300名だった。

一方、民間軍事会社は合法な存在であるため、広範かつ直接的な方法で社員の募集を行うことが出来る。例えば、求人誌やインターネット上で「SAS出身者求む」と募集するなどである。その結果、民間軍事会社は応募者に対して、軍人としての高い専門性を求めることが可能だ。

たとえば、軍事コンサルタント企業である、ミリタリー・プロフェッショナル・リソーシズ・インコーポレーティッド社の社員には米軍の最高レベルの退役軍人が雇われている。MPRI社の幹部に言わせれば「一平方フィート当たり将軍の数は、ここのほうがペンタゴンより上だ」そうである。

民間軍事会社の提供するサービス

また、民間軍事会社は法人企業であるため、組織を複雑で巨大な物にすることが出来る。そのため、民間軍事会社は、戦闘だけでなく、高度な訓練や工兵業務、戦略立案、兵站業務、情報活動など、広範な業務を手がけることができる。一方、傭兵部隊は募集に集まった雑多な経歴の個人を、部隊に別けただけなので、直接的な戦闘への参加と、初歩的な軍事訓練しか手がけることが出来ない。

たとえば、傭兵部隊は、みずからの組織内に兵站部門を持つことが出来ないため、つねに補給不足に悩まされることが多いが、軍事支援企業においては、軍隊の兵站部門そのものを受け持つ。例えば、ブラウン&ルート・サービシズ社は、米軍の補給部隊と工兵部隊を法人企業化したような会社である。実際に米軍の多くの作戦行動において、食料や飲料水の確保、車両の整備、燃料補給、基地建設などの業務をBRS社が賄った。傭兵部隊には、このような、複雑なサービスを提供することは出来ない。

このように、傭兵部隊と民間軍事会社は、軍事に関するサービスを提供するという点においては似通っているが、その規模や質は大きくことなるものと言える。